メンターの死

 先月末に、わたくしが20代の前半に出会い、その後の人生に大きな影響を与えてくださった尊敬してやまない大切なアメリカの友人ご夫妻の死を知った。直後に突然ハリケーンに襲われたような出来事が重なり、茫然自失の状態で事実を受け止めるのに少し時間がかかった。

 大切な友人ご夫妻とはいっても、お二人は人生の大先輩で、亡き夫の仕事の関係でご縁をいただいた。ご夫妻は朝鮮戦争に夫々記者として派遣され、現場で出会い、結婚したのだと言う。その後フランスの駐在を経て、1960年代後半から4人のお子様とご一家6人は日本に駐在していた。六本木のご自宅の門はいつも開かれていて、世界中からの来客を歓迎していた。おもてなしはご自宅で、数種類のホームメイドのおつまみとワインでワイワイ・ガヤガヤ大いに盛り上がった。ご夫妻共にアメリカ人としては小柄で、静かで、控え目で、誰に対しても公平で、人懐っこく、物事を曇りのない目で正確に見ようとした凛とした態度は、周囲からの人望が厚かった。ご結婚後、奥様は仕事から手を引き、ご主人様の良きパートナーとして仕事を助け、4人のお子様の母親として、また趣味の絵や版画、日本の美術やアーティストとの交流を楽しんでいた。日米のたくさんのアーティストをご紹介いただき、特に当時まだあまり目立たなかった日本の作家も目利きの奥様のお陰で親交をいただいた。

 夏には我が家の子供たちと何度かメイン州のご自宅や所有の島に探検に行き、野生のベリーやムール貝を取り、ロブスターを茹でる海水を取ってくる役割を果たすと食事がいただけるなど、夫々が楽しい思い出をたくさん共有させていただいた。

 6年前の夏に友人2人を伴ってメインにご夫妻を訪問したときも、いつもと全く変わらない飾らないけれど暖かい思いやりに溢れたおもてなしを堪能した。

 言葉で教えるのではなくて、全てご夫妻の行動を通して、真のホスピタリティーや違いを認め、それも含めて受け入れる、深い心などを教えていただいた。