変わりゆく風景と価値観の変化

 ホテルオークラが間もなく高層ビルに建て替えられる計画を耳にした。費用対効果を考えた結果のご決断であろうと思われるが、あの建物が消えることは、これまでの思い出が全て消されてしまうような淋しさは拭えない。

 

 都内にホテルが少なかった前回の東京オリンピック開催の少し前の1962年に誕生してから、どれほど多くの海外からの友人知人をお迎えしたことだろう。欧米の一流のホテルに引けを取らない快適空間でありながら、日本に居ることを意識させてくれる配慮の深いデザインとサービスで、特に再来日の方々には「日本に帰ってきた!」とおっしゃっていただいた。

 

 正面入り口から一歩足を踏み入れると、少し先にほんの数段下がったロビーのオープンスペースになっていて、テーブルも椅子もゆったりしているけれど低めにデザインされ、その配置がまるで龍安寺の石庭のような空間を保ち、障子から射し込む光は柔らかくて、「木と和紙の演出がわたくしたちに和みを与えてくれるのですね、ホッとします。」と遠路日本に来た実感と喜びを語っていただくたびに、どれほど誇り高い気持になったことだろう。

 

 スタッフの皆様も、持ち場持ち場でテキパキと仕事をこなしていて清々しかった。特にレストランではメニューや時間などの相談にも応じていただき、ホテル側も宿泊者たちも大人の対応で、双方が学びあい感謝して成長する貴重な時間も何度か経験した。

 

 3週間程前に、好奇心の強い旧知の友人と虎ノ門に昨年オープンしたビルの51Fのホテル・レストランでランチの約束をした。オフイスビルの一部にホテルが入っている最近のパターンである。「1階のエレベーターホールでホテル行きが見つからなくて、探していたら、何だか重量感のある暗いドーアーを通り抜けるように言われて暗がりを進んだら、ようやく専用エレベーターに辿りついたのよ、変なところねえ」。

レストランも趣向はこらしているように見えて、内容に満足感が乏しく「一流なのは料金だけで、またまたここも失望ね。これで”おもてなし”のオリンピックを迎えられるのかしら?」が二人の感想。

 

 価値観の変化が風景やサービスを変えてしまう現状に、深い憂いを感じている。